HISTORY

 66年Albany育ちで近所の幼馴染みだったTimMattは音楽を始め、その内DaveMello(Dr)、JesseMichael(Vo)と一緒にOperationIvyを結成する。ska/punkシーンの伝説的な存在となったが、色々あって解散してしまう。直後にDave、Tim、Mattの三人でDownfallを結成するがすぐ解散。途方に暮れたTimは酒とドラッグに溺れSalvationArmy(貧しきを助けるキリスト系ボランティア)の世話になる始末。

 最悪の状態から抜け出すため、Matt主導でそこでのルームメイトでドラム歴半年のBrettReedと3人でRancidを結成。最初はひどかったがOperationIvyのよしみでLookout!Recordsからシングル「I'mNotTheOnlyOne」をリリース。またデモテープ「DeadBaby」を、BrettGurewitz(BadReligion)に送り、彼のインディーズレーベル「Epitaph」と契約。

 93年ハードコアパンク主体の1stアルバム「Rancid」をリリース。それと前後して2ndギタリストを探し始める。BillieJoeArmstrongはその最終候補で、Rancidの一員として曲を書き(その曲「Radio」は2ndアルバムに収録)ライブにまで出たが、GreenDayの方が忙しくなり断念。結局元UKSubのLarsFrederiksenが加入する。

 94年に2ndアルバム「Let'sGo」を6日間で作成、リリース。曲「Salvation」がMTVのローテーションに入ってメジャーレーベルの注目が集まる。億単位のオファーがあったが音楽的な自由を理由に結局Epitaphと再契約。今迄の音楽性に更にskaやoiの要素を盛り込んだ3rdアルバム「...AndOutComeTheWolves」を5週間かけて作成、リリース。ツアーに出て、憧れのRamonesとの共演も果たす(後に彼らの解散ライブにも参加する事になる)。

 その後結成以来初の休暇をとる。やることのなくなったTimはまた酒を始めるが、Mattの説得により思い直し、暇を埋めるために自身のレーベルHellCatをEpitaph社長BrettGurewitzの助けで設立する(DropkickMurphysからあのJoeStrammerまでが在籍!)。休暇後、世界中を三ヶ月間回りながら作った4thアルバム「LifeWon'tWait」をリリース。Ramones、Specials、AgnosticFront、BujuBanton他の多彩なゲスト参加でレゲエ、ダブ、ロカビリーなどの要素をふんだんに盛り込んだ。

 2000年に5thアルバム「Rancid」をリリース。Mattもリードボーカルに復帰し、前作までと一転してハードコアパンク主体の最速アルバムとなった。Larsの背中の病気で半分休止の状態が続いたが、Nofxと互いの曲を演奏しあうスプリットアルバムのリリースなどを経て、2003年、とうとう6thアルバム「Indestructible」をリリース。病気、離婚、身内の死、次々に襲いかかる困難も、彼らの絆を深めるだけのようだ。・・・その後の経過はNewsを参照・・・